ROY草子 2011年03月18日
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地震から1週間
2011-03-18 Fri 22:43
今日,クラスの子が日記を見せにきました。
以下のような内容です。

「じしんのおそろしさを知って」
わたしは,はじめてじしんのおそろしさを知りました。
わたしたちは,いつものようにじゅぎょうを受けていました。
その時,とつぜんおそろしい音がしました。
「ガタガタガタ。」
1分けいかしました。でも,いっこうにやむ気配がしません。
それどころか,ひどくなっていくばかりです。
動いていたつくえも,とうとうおさえきれなくなりました。
おさまったとき,外に出ました。
そして,あたりをみまわしてみると,もうそこはわたしたちが知っている学校ではありませんでした。
わたしはきょうふでたまりませんでした。
次の日のことです。わたしはテレビを見てびっくりしました。
つなみがほかの地区ではたくさん出ているのでした。
しかも,なくなった方,ゆくえ不明の方は1000人出ているのです。
なかには,家族が助かった人や,なくした方もいました。
わたしは,悲しくてなりませんでした。
その次の日,お昼ごはんの時間になりました。
でも,ごはんがありません。そこで,買いにいくことになりました。
でも,ほとんどおこめとかはもう売っていませんでした。
それで,おばあちゃんに電話をしました。
そうしたら,おばあちゃんがお米をくれるというのです。
なんてことでしょう。もう,そのときはとてもうれしかったです。
でも,ときどき小さいじしんがくるので,いつ大きいじしんがくるかもわかりません。
わたしは,毎日毎日きょうふにつつまれました。
でも,じしんでたいせつなことを1つ知りました。
たった1つですけれども,とっても大切なことなんです。
「助け合うこと」です。
助け合うことによって,また多くの人が助かるのです。
わたしは,日本を元通りにして,地球をすくっていきたいなって思っています。


今でも,余震は続いています。
給食は月曜日だけ通常通りで,翌日からはストップ。
子どもたちはお弁当持参で登校し,通常通りの日課で過ごすことになりました。
食料等の買い占めで日々の食事をどうしようかと困っている家庭もあります。
また,計画停電の実施等で早めに仕事に行かなければならない方もいます。
それでも,子どもたちのためにどの家庭でもお弁当を用意し,持たせてくれました。
「食料があって当たり前」
「学校に行って勉強したり遊んだりできて当たり前」
そんな当たり前のことが突然当たり前でなくなってしまう。
子どもたちなりに助けあうことの大切さを感じ取っているのに,毎朝6時過ぎ,通勤時のわたしが目にする光景は,ガソリンを求めて長蛇の列を作る車…。
県内では,津波や液状化現象のため避難生活を余儀なくされている人たちもいます。
姐さんsのうちの1人は浦安勤務なので,避難所となった学校で生活しています。
上下水道ともに使えず,ガスも使えません。
校庭にある仮設トイレはテント型で,風が強いと飛ばされそうになるそうです。
校舎周りの地割れ,地盤沈下も激しく,2日前には保護者に来校してもらい,荷物を全部持って帰ってもらったそうです。
姐さんはじんましんが出てしまっていて,かなり疲れています。

今日,わたしの勤務先では卒業式が行われました。
周辺の学校は体育館が使用できず,他の学校の体育館を借りての卒業式になっていることを考えると,非常に恵まれた状態です。

あの日,子どもたちと一緒に地震を体験したわたしは,とにかく子どもたちを守らなくてはと必死でした。
地震が大嫌いで,人間地震探知器だと自分で思うくらい少しの揺れにも敏感に反応してしまうわたしですが,その時考えたのは,目の前にいる子どもたちの安全だけでした。必死で恐さをこらえている子どもたち。泣きながらでも指示をしっかり聞き,素早く避難した子どもたち。自分も不安なのに,恐がっている友達をなぐさめている子どもたち。
頻繁に余震が起こっているのに,ひとりで留守番をしなくてはならない子もいたけれど,近所の人が「うちで親御さんの帰りを一緒に待たせます」と声をかけてくれました。

子どもの日記に書かれていたように,お互いに助け合っていくことが何よりも大切であるとわたしも思います。
子どもだって,何が大切なのか,よくわかっているのです。
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