ROY草子 古代史
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春の明日香・佐紀・佐保
2013-03-30 Sat 16:30
先週の土日に,明日香・佐保・佐紀へ行ってきました。
春に奈良へ行くのは…もしかしたら,修学旅行で初めて奈良へ行って以来かもしれません。
この仕事は春が一番忙しいので,旅行どころではないのですが…やればできるものです(笑)。

明日香は初めてレンタサイクルでまわりました。
午後2時過ぎから5時前までの約3時間ほどしかいられませんでしたが,満喫しました。
明日香は自転車の方が確かにまわりやすい!
意外と自転車で入れるところが多いのです。
道が細いから,車だと入りにくいところでも,自転車なら楽々。

甘樫丘からの眺めはすばらしかった!
畝傍山の後ろに二上山がうっすらと見えていました。
飛鳥寺もよく見えました。
蘇我氏はここからずっと飛鳥全体を見渡していたのでしょうね。

翌日は,佐保路・佐紀路へ行きました。
秋篠寺は,苔が見事!
技芸天を見ることができました。
西大寺にも初めて行きました。東塔の跡が印象に残ってしまいました(笑)。
大和西大寺の駅は頻繁に使うのに,すぐそばにある西大寺には一度も行っていなかったというのも,これいかに(爆)。
その後,法華寺と海龍王寺で十一面観音像を見てきました。
ちょうど公開の時期になっていたのです。
あとは,平城宮跡に行き,のんびりまったり。
何もないけれど,かえってここにかつて都があったのだと思いを馳せることができます。

今年度は,休日がまともにない状態でした。
6年担任,研究主任,全国での発表とこれだけよくもまあ重なったと思います。
単発の6年担任だったのですが,子どもたちとは1年間楽しく過ごすことができました。
5年から一緒にいられたらもっとよかったのにと思うくらいでした。
研究主任は,ちょっと変わった形での研究体制だったため,非常にやりにくかったのですが,これも経験のうちかな。
全国で発表したことは,とてもよい経験になりました。

来年度は,学級経営に専念できそうです。
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奈良へ行こう
2011-07-02 Sat 20:05
今年の夏も奈良へ行こうと画策しております。暑さに勝てるか?先月、国語の研究授業で短歌を扱い、すっかり万葉集の世界に浸っちゃった。子どももけっこう興味をもったみたい。
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まほろば奈良の旅
2011-01-09 Sun 20:26
奈良の旅一日目。せんとくんがいない平城宮跡は人が少なく広々としていて、見て回るには快適。
二日目。明日香に行って、牽牛子塚古墳を見てきました。ぬかるみが酷くてこけそうになりました大田皇女のお墓はたぶん埋め戻されたばかりという感じになっていた場所だと思います。甘樫丘にも行き、明日香の里を見渡してきました。さらに、近つ飛鳥にも行きました。近つ飛鳥博物館、おもしろい!古墳が好きな方にオススメです。しかし、アクセスしにくいのが難点です。
明日は法隆寺です。
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大田皇女
2010-12-18 Sat 07:29
牽牛子塚古墳の隣から大田皇女の墓らしきものが発見。
これで,牽牛子塚古墳は斉明天皇陵でほぼ確定かな。
『日本書紀』の記述とほぼ一致しているのにはびっくり。

大田皇女は天智天皇の娘で天武天皇妃。
母は蘇我倉山田石川麻呂の娘である越智娘で,持統天皇は同母妹。
大伯皇女と大津皇子の母でもある。
大田皇女が天武天皇即位まで生きていれば,皇后になった可能性が高く,大津皇子が皇太子になっていたかもしれない。
大田皇女亡き後,大伯皇女と大津皇子は天智天皇に引き取られているので,天智天皇はそうとう大田皇女をかわいがっていたのかもしれない。

大田皇女と持統天皇にはさらに建皇子という弟がいるが,夭折している。
建皇子が亡くなったとき,祖母である斉明天皇は,自分の死後,必ず一緒に埋葬するようにと述べているが,実際に合葬されたのは斉明天皇の娘の間人皇女(孝徳天皇皇后,天智天皇と天武天皇の妹)である。遺言は守られなかったのかな…。

まだまだ歴史が埋もれている明日香。
1月にまた明日香に行くぞー!
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やはり酔狂(笑)
2010-09-11 Sat 22:49
奈良には修学旅行を含めると…7,8回は行っていると思います。
中学生は春,高校生は秋。
ところが…社会人になってからは真冬の2月(笑)が1回,あとは全部真夏!!
元歴博のS教授や明日香ファンの方には真夏の明日香に行くことに関し「酔狂だ」「焼け死ぬ気ですか?」と言われますが,もう否定できません(笑)。

関東から明日香まで行こうとすると,1泊じゃ厳しい。
で,2泊3日にするのですが,仕事上休みが取りにくい。
春なんて絶対行かれない。春休みなんてあってないようなものだもん。
秋も…普通に仕事があるから無理ですな。
明日香は春と秋に行ったことがないので,ぜひ行きたいけど…。

ほぼ斉明天皇陵と判明した牽牛子塚古墳は,さすがにレンタカーで行くのは無理。
飛鳥駅からあの暑さの中歩くのは辛すぎ。
でも,今日は見学会に多くの人が訪れたようですね。

『日本書紀』にあったように,天智天皇の皇子である建皇子は合葬されていたのかな。
建皇子と持統天皇の姉で,大津皇子と大伯皇女の母である大田皇女や斉明天皇の娘である間人皇后(孝徳天皇妃)も合葬だったかすぐそばだったかに埋葬されていたような…。

なんとか秋にこっそり明日香に行きますかね。
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牽牛子塚古墳
2010-09-10 Fri 22:35
やはり八角形…!天皇陵ですね。
この夏,明日香に行ったのに…。
ちょっと手前の岩屋山古墳までは行ったのに…。
牽牛子塚古墳までは行かなかったのが悔やまれる~。
明日と明後日は現地見学会が開かれるけど,行くのは無理だな…。
ああ,残念!!
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纒向遺跡
2009-11-16 Mon 21:45
今日のクローズアップ現代でも取り上げられていたこの遺跡。
こういうものが出てくるから,やはり古代史はおもしろい。
考古学と古代史を混ぜてはいけないのかもしれないけれど…。
邪馬台国の謎だけでなく,建物が東向きであった理由を考えるだけでもわくわくしてくる。
S教授(…あ,今は館長か)のコメントは割と控えめ。断言していなかったと思う。
もともと根拠がはっきりしないと明言しない方だけど。
また奈良に行きたくなってきたー!
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NHKスペシャル 飛鳥遺跡
2007-02-03 Sat 15:20
昨日のNHKスペシャル,おもしろかった~。
蘇我入鹿といえば,蘇我家の権力を振りかざし,天皇家を凌ぐ力でやりたい放題だった…というイメージがあったのですが,どうもそうではない模様…。
むしろ,先見の明を持って外交政策にあたっていたようです。
甘樫丘に屋敷を作ったり,飛鳥寺などを配置したりしたのは,天皇家を見張るのではなく,外敵すなわち唐から明日香を守るようにしてあった可能性があるのです。
乙巳の変の立役者と言われる中大兄皇子の方がよっぽど悪い感じ。
このクーデターに協力した蘇我倉山田石川麻呂(持統天皇や元明天皇の祖父で,中大兄皇子の義理の父)を謀反の疑いで滅ぼしましたが,実はそんな事実はなかったのは有名な話。
昨日の説のように,もし蘇我入鹿の行動が外敵から明日香の宮を守るものであったのなら,中大兄は蘇我一族を滅ぼしたかっただけなのか…?
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陵墓立ち入り調査
2007-01-01 Mon 18:54
宮内庁が陵墓の見学を認めたそうです。
細かな規定はあるようですが,調査は進むでしょうね。
被葬者が誰なのか,はっきりするかもしれませんね。

読売新聞によると,42代までの天皇陵で指定が確実に正しいとされるのは,天智陵と天武・持統陵だけなのだそうです。

うわー,明日香に行きたくなってきた!!
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白虎公開
2006-05-13 Sat 20:17
キトラの白虎が公開されているそうです。
見たい見たい見たい見たい見たい!!!!!
でも,行く暇ないっす…しょぼーん。

それにしても,文化庁の態度は許せませんな!
隠蔽は絶対いかん!!
技術的に難しいことをしているんだから,隠さずに正直に公表したってよかったんじゃないのかなあ。
嘘をつくということの方が,信頼失ってよっぽどよくないと思うんだけど。
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