ROY草子
日々思ったことを書き記したり,本の紹介などをしたりしています。
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久しぶりの奈良
2018-06-25 Mon 10:13
久しぶりにこちらに書き込みをします。
どうやってブログに書き込むのだったかな…と思い出すのに時間がかかるくらい,ご無沙汰してしまいました。
とにかく仕事が忙しく,書き込む時間もなく,そもそもネットにアクセスする時間もなく…。

先日,奈良へ行ってきました。
地震の起きる前の週でしたので,台風が心配されたくらいで,交通網に関しては何の問題もありませんでした。

今回のコンセプトは「人と話すこと」でした。
普段ふれあう機会のない人と話す,知らない人と話す,話すことで何かが見えてくる,そんなことを考えていました。

この時期に奈良に行くのは初めてで,見える景色が全く違うのがとても新鮮でした。
明日香村では,田んぼにいたおじさんと話をしてきました。
6月の中旬なのに,まだ田植えをしていない!
千葉では5月の連休までには田植えが終わってしまうのに…。
おじさんが言うには,「そんなに早く植えたら病気になっちゃうよ!虫もつくしな。」
なるほど~。
亀石の前の田んぼで,地元のおじさんと立ち話。
「この道が旧道で,下の道路は新道だからよ,聖徳太子はこの旧道を歩いていたって,俺は勝手に思ってるんだ。」
「この石(亀石)だってよ,子どものころはみんなで上に登って遊んでいたんや。この石に登ったら,女の人にはいいことあるんやで。ま,そんなこと自分たちで勝手に言っていたことが言い伝えで残っているんやないか。」
まことしやかな伝説と,地元に伝わる言い伝えと,いろいろあるってことで…。
そもそも,伝説なんてそこに住む人たちが言い伝えていくことですものね。

今回も電動自転車のお世話になって,明日香村の中を移動していたのですが,石舞台に向かう途中で見事にスリップ。
普通に走行していて,まっすぐに走っていてスリップするなんて…。
雨天だったのもいけなかったのですが。
直前に,せっかくコンビニでレインコートを購入していたのに,その時は降っていなかったから着ていなかったのも不運。
荷物は中身が濡れないようにビニールでくるんでいたけど,外側はノーマーク。
服はドロドロ,荷物も外側だけドロドロ。
これまたコンビニで購入しておいたタオルで汚れを落としましたが…あれ?赤くなるぞ?
肘をすりむいていたのです。思ったよりも出血していて,すぐには止まらない。
残念なことに,絆創膏は持っていなかったので,石舞台近くのお店に行くことにしました。
「あすか野」という,昔からあるお店。「自転車を屋根の下に置いていいよ」と声をかけてくれました。
中に入って事情を話すと,すぐに救急箱を出してくれました。タオルも渡してくれて「ほかしていいから,持っていって!」とおっしゃってくださいました。
そこですぐに治療できたおかげで,2週間経った今,かさぶたもようやくとれ,きれいに治ってきました。
本当に明日香の人たちの温かい心に触れ,ありがたく思いました。
※実は,足のケガがもっとひどく,膝から足首まで5~6カ所くらい青あざができていました。すりむいていたところもあったのですが,ズボンでカバーされていたので,その時は気づけなかったのです。宿についてから見てびっくり!そのあざも,ようやくほぼ消えました。
万葉文化館では,ボランティアガイドさんに,富本銭の話を聞いてきました。
富本銭も和同開珎も,通貨として使われていたかというと,結局はそんなに流通していなかったのではないかという話。
うーん,確かに税は租庸調ですものね…。お金は納めていないなあ。
ちなみに,ここから「大伯皇子(大伯皇女のこと))」と書かれた木簡が出ていて,伊勢の斎宮を終え,戻ってきた大伯皇女の存在がはっきりとわかるということも教えてもらいました。
また,池を利用して水を濾過し,民に届けていたという話も聞きました上澄みをどんどん次の下の池に流し,水をきれいにしていたというのです。
たぶれ心と言われながらも,斉明天皇は治水に目を向けていたのかな…。
ちなみに,亀型石造物(酒船石の下)付近の石垣は天理から運ばれてきた物なのだそうです。
斉明天皇が運河を使って運ばせていたそうで,天武天皇はその石を使って富本銭などを造る工場を設営したようです。
話は萬葉集にとび,天武天皇と五百重娘との相聞歌について教えてもらいました。
「わが里に大雪降れり大原の古(ふ)りにし里に降らまくは後(のち)」天武天皇
「わが岡のおかみに言ひて落(ふ)らしめし雪のくだけし其処に散りけむ」藤原夫人(五百重娘)
五百重娘が住んでいた大原は,天武天皇がいた明日香浄御原宮から500mくらいしか離れていないのだそうです。
実際に,万葉文化館から出て大原(現在は小原)を眺めることできます。
500mで,そんなに天気が違うはずはないと思うので,もしかしたら,二人が一緒にいる場で詠んだ歌なのかもしれませんね。
しかし,飛鳥駅前付近と,石舞台付近では天候が全く違うということが今回よく分かりました。山の方へ行くと,けっこう雲がかかっていて,大雨にもなります。
もしかしたら,雪も大原と飛鳥の宮では降り方が違うのかも…とも思ってしまいました。
飛鳥寺で交通安全お守りを買い(笑),飛鳥大仏のほぼ全部が飛鳥時代に造られたものであるという2年前の調査報告を聞きました。
キトラ古墳四神の館で,特別公開されているキトラ古墳壁画の青龍を見てきました。
本当はこれがメインの目的でした…。
10分限定でしか見られなかったのですが,明日香で見るのが一番だよね…でも,はぎ取られちゃったんだよね…でも,保存するためには仕方がないんだよね…などといろいろ思ったのでした。

今更ですが,興福寺の阿修羅像を見て「あれ?」と思ったことがありました。
阿修羅像の服装です。八部衆のうち,1人だけ甲冑姿ではなかったこと,足も草履のような履き物で,他は靴のようなもの。
なぜ?
ということで,館内にいた係の方に尋ねてみました。
さまざまな解釈があるようなのですが,阿修羅がもとは戦いの神であったが,戦闘の意思がないということを表すために甲冑を着ていないのではないかという話を聞けました。
表情についても,人型をしている阿修羅像以外のものも含め,少年のような表情なのは,光明皇后が建立した西金堂に納められた像だからという話がありました。
→これだけだと意味不明なので…。
 光明皇后の母親である県犬養橘三千代(つまり,藤原不比等の後妻で,前夫の美努王との間の子は橘諸兄,橘佐為)の1周忌法要のために建立されたのが西金堂。その6年ほど前に,光明皇后は息子の基王を亡くしていたため,その面影を八部衆のなかにとどめようとしたのではないかという説。

今回は,京都にも奈良にも修学旅行生がたくさんいました。
そういうシーズンなんだなと思いつつ,修学旅行生がいない時期にゆっくり見て回りたいものだと思いました…。
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今年もお世話になりました
2014-12-24 Wed 17:29
少々早いですが…。
今年もお世話になりました。

読んだ本の更新は読書メーターに移行しつつあります。
そのため,こちらへのUPがどんどん遠のき…(^^;)

今年度は5年の担任をしています。
(今頃書くことか…!?)
昨年度から,受け持っている学年でいろいろとあり…。
年齢を重ねると,職場でもそれなりの立場になったり,仕事内容が増えたりと忙しくなりました。
また,体調も思わしくないことが多く,なかなかハードな1年でした。

よいお年をお迎えください。
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『東京駅をつくった男』大塚菜生
2014-12-24 Wed 17:21
東京駅開業から100年。赤れんがの駅舎をつくったのは,いったいどんな人なのだろう…。

建築家である辰野金吾。今では当たり前のように使われている「建築」という言葉も,当時はまだなかったそうです。こつこつと努力して,100年の時を超えてもずっと愛され続けている東京駅をつくった金吾。彼がずっと持ち続けていたのは「他人が自分を認めてくれないことをなげくより,自分に能力がないことを心配しないといけない」という思い。この言葉がとてもずしりと心に響きました。
金吾のアイディアがたくさん散りばめられている東京駅。今度行ったら,じっくりと見てきたいな。
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『パンプキン! 模擬原爆の夏』令丈ヒロ子
2014-12-24 Wed 17:19
「パンプキン」はアメリカ軍が原爆を落とす練習をしたり,爆弾の軌道や特性を調べたりするために作った,原爆そっくりの爆弾。核分裂は起こさないけれど,爆弾であることは間違いなく,多くの人が犠牲になった。「パンプキン」が落とされたのは,1945年7月20日から8月14日まで,日本中の30都市49カ所にのぼる。長崎に原爆が投下された後も,「パンプキン」は愛知県に落とされている。

長い間読もうと思いつつ読めずにいた本。
模擬原爆があったという話は知っていましたが,詳しいことは知らずにいました。
この物語では,模擬爆弾のことだけではなく,原爆を作るために働いた人たちの被曝のことや,それぞれの国の人たちの考えについてもふれています。
何か起きたときに「誰のせい」と責任を追及することが多いけれど,よくわからなくなってくることも多々あります。戦争もその一つではないかな…。誰が悪いとかそういうことではなく,混沌としているけれど,この世界でみんなが幸せになれたらいいのに…そんなことを考えました。
児童書だけれど,大人にも読んでほしい本です。
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『スワン 学習障害のある少女の挑戦』 漆原智良
2014-08-20 Wed 21:36
学習障害(LD)だとわかったのは,大人になってからだという少女の話です。
いじめやつらいことを乗り越え,絵本作家になりたいという夢を追いかけている姿を描いています。
現在は発達障害について大きく取り上げられるようになりましたが,当時はまだよく知られていませんでした。
その人がもつ困難さを,どれだけ周囲が理解できるか,そして,適切な支援ができるかで,人生は大きく変わってくると思います。
また,特別支援教育に対する偏見をどう払拭するか,それも大きな課題だと思います。
大人に読んでもらいたい本です。
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『ぼくと戦争の物語』 漆原智良
2014-08-20 Wed 16:42
戦争が激しくなり,浅草から福島へと疎開した心平。
学校は軍隊のようで,「そかいっ子」へのいじめもあった。
「がまんすることだな」と疎開先に連れてきた父は,帰り際に言っていた。
そして…東京大空襲。浅草にいる祖母,両親,妹はどうなったのだろうか。

戦争は人々から様々なものを奪っていく。
子どもたちからも容赦なく。
遊び,学問,食料,そして肉親…。
戦争が終わっても,生きていくのが困難な人は大勢いた。
私の両親やそのきょうだいも同じである。
でも,生き抜いてくれたからこそ,今がある。
戦争で人々がどのような思いをしたのか,その経験を次の世代へと引き継ぐことが大切だと改めて思う。
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『あたしたちのサバイバル教室』 高橋 桐矢
2014-08-20 Wed 12:46
「一番大事なのは,とにかく生きることだ!」
いじめられて学校に行けなくなった未来。
フリースクールに通うようになった未来が教わったのは,
学校で生き抜くためのサバイバル術だった。

いじめをなくす…これは本当の意味では不可能なことなのかもしれません。
でも,回避することはできるかもしれません。
フリースクールの真名子先生が教えてくれた作戦は,
大人も使えるものだと思います。
「自分がした悪いことは,自分の十字架として自分が背負うんだ。」
「人が一人死ぬと,残された者が十字架を背負うことになる。後悔の十字架を,一生,背負うんだ。」
という真名子先生の言葉が,とても心に響きました。
私は子どもたちにどう接しているのだろうかと,ふり返りつつ読んだ作品です。
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『手作り小路のなかまたち』 新藤悦子
2014-08-15 Fri 20:22
自分への誕生日プレゼントとして,読むのを待っていた本。
人生はいいことばかりじゃない。
でも,それもきっと意味がある。
幸せにつながる出会いがある。
ほんの少しの優しさがつながり,みんなが幸せな気持ちになれる。
ふんわりとした穏やかな空気が流れる手作り小路。
きっと,特別な場所ではなく,自分たちの身近に本当はあるんだろうな。
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16年
2014-08-15 Fri 05:55
サイト本体は諸事情で更新していませんが,一応16年になりました。

最近読んだ本では,『思い出のマーニー』が印象に残っています。アニメはまだ見ていないので,どのように映像化したのか気になります。映像化したものと原作は別だと割り切ることにしました(笑)。イギリス独特の雰囲気がすてきな作品なのですが,アンナの内面を見事に描いていたらそれでOKかな。原作は,思春期の子どもたちや大人に読んでほしい作品です。子どものうちに読まなかったことを後悔しています。

さて,ヒカルくんは今日で11歳。
1月におてんば姫がやってきて大変な目に遭っていましたが,二匹で微妙な距離感を保ちながらすごしています。姫がとうとう大人になったのですが,理想の女性にはならなかったようで,知らんふりしています(笑)
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昭和な子どもたち
2014-07-19 Sat 20:20
男子3人が次々と
「紅白帽子忘れました!」
と言いに来た。
「あんたたち,3連発で同じ事を言いに来たんかい!!」と言ったら,
昭和の野球少年はすかさず,
「掛布,岡田,バース!」
と言った。
それを聞いていた熱烈阪神ファンの少年曰く,
「あ~。確かに~。ホームランだ!」
……明らかに彼らは昭和の子どもたちだ…。
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